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神戸地方裁判所 昭和29年(行)43号 判決

原告 笹部哲哉

被告 兵庫県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が、昭和二十九年十月九日付兵庫No.(29)144を以て、別紙目録記載の農地についてなした買収処分は無効であることを確定する。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、その請求原因として、

「別紙目録記載の農地は原告の所有にかかるところ、被告は国の機関として、昭和二十九年十月九日、右農地について農地法第九条を適用し、対価総額金二万七千八十四円と定めた買収令書を原告に送達して之を買収した。併し右買収処分には左記二点の違法がある。即ち、(1)原告は、右買収処分の日時には尼崎市東富松字梅の木九五五に住所を有していたものであるから、農地法第六条第一項第一号にいわゆる不在地主ではない。もつとも原告は、昭和二十六年九月十六日大阪大学医学部に入学し当時在学研究中であつた関係から、その通学並に夜間研究の便宜上、右農地の管理を原告と同一世帯にある毋笹部治に託して一時大阪市内に転居したことはあるけれども、右は就学のために一時住居を異にしたに止まり、従つて、原告は引続き尼崎市内に居住しているものとみなさるべきことは、農地法第二条第六項第二号の規定に照らし明であるにもかかはらず、之をいわゆる不在地主としてなされた前記買収処分は違法である。(2)前記農地附近は急激な都市発展のため、近距離の間隔において市街地にはさまれ、市営バスの駐車場も五十米の近くに設けられ、漸次市街地として発展する現状にあり、従つて、当然に農地買収からは除外せられるべきものであるにもかかわらず、之を無視してなされた右買収は違法である。よつて前記買収処分はその取消をまつまでもなく当然に無効であるからその確定を求める。なお本訴は右農地買収処分の取消を求めるいわゆる抗告訴訟ではない。」と述べた。

被告指定代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として、

「原告主張の事実中、被告が原告主張の農地についてその主張するとおりの買収処分をした事実は之を認めるがその余の主張事実は全部争う。原告は、昭和二十四年三月松本医学専門学校を卒業後、大阪鉄道病院において一年間のインターン実習を経た上、昭和二十五年七月に医師国家試験に合格、同年十一月一日より大阪大学医学部付属病院に勤務し、昭和二十七年五月には眼科医師の免許を有する克枝と結婚し、同月七日尼崎市より大阪市大正区恩加島町に転出した上、同地において外科並に眼科の医院を開業し爾来大阪市内に生活の本拠を有しており、一方尼崎市東富松に居住する原告の毋笹部治は、昭和二十七年五月以降原告とは全く別世帯を営み、警察官五、六人を下宿させて、その収益を以て生計の費に充てておる関係であつて、原告が尼崎市内において右笹部治と同一世帯を営み居住している事実はない。もつとも原告は、大阪大学医学部に研究生として在籍してはおるけれども、大学に附置された研究室に在籍することは農地法第二条第六項第二号にいわゆる就学には当らぬのみならず、原告が大阪市内に生活の本拠を有することは上述したとおりであるから、原告が不在地主でないとする主張は失当である。次に本件買収処分の目的たる土地が農地であることは原告も争はぬところであつて、その周囲は尼崎市の穀倉と称せられる純然たる農村地帯であり、殊に原告主張の農地は、東西に走る阪急電鉄線をはさんで武庫荘駅に一粁、塚口駅に一粁半の地点にあり、南は尼崎市上島部落、北は東富松の両農村部落よりそれぞれ約五百米の箇所に当り、その周囲約百五十町歩の農地と一団をなす典型的な農耕地帯に属し、之を農地買収から除外すべき何等の理由もない。その他本件農地買収処分は凡て適法な手続に従つてなされたものであつて何等違法のかどはない。」と述べた。

理由

凡そ行政処分の違法を攻撃して抗告訴訟によりその取消を求めることは格別として、その取消をまつまでもなく当然に無効として之を否定するためには、いわゆる行政行為の公定性(適法の推定)を失はせることを相当とする程度の重大且客観的な瑕疵が当該の行政処分について存することを必要とするところ、原告は、先ず本件農地買収処分について、被告は原告を不在地主と誤認して農地法第六条第一項第二号を適用した違法があるから当然に無効であると主張するのであるが、仮に本件農地買収について、右原告の主張するとおりの違法があるとしても、かゝる違法は、形式上適法な権限並に手続に従つてなされた買収処分の効力を排除して、之を当然に無効ならしめるものとは解せられぬから、原告の右主張はそれ自体理由がない。次に原告は、本件農地の周囲は市街地として発展すべき環境にあり、かゝる地域にある農地は当然に買収から除外さるべきであるにかゝわらず、被告において之を除外しなかつた違法があるから、本件買収処分は当然に無効であると主張し、農地法第七条第一項第三号によると「近く農地又は採草放牧地以外のものとすることを相当とするものとして、省令で定める手続に従い都道府県知事の指定を受けた小作地」は農地買収から除外されることが定められているけれども、原告の主張する如く、単に市街地として発展すべき環境にあるの一事を以て、当然に農地買収から除外さるべき旨を定めた何等の規定も無く、又前記農地について前記第七条第一項第三号の指定がなされたことの主張立証もない本件において、右農地買収について原告の主張するような違法があるとするには足らぬから、この点においても原告の主張はそれ自体理由がないものとせねばならぬ。して見ると、以上二点の主張に立脚して本件農地買収処分が当然に無効であることの確定を求める原告の請求は失当として之を棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 河野春吉 下出義明 林繁)

(目録省略)

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